エンタープライズブロックチェーン基盤の比較

ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)で使われているようなブロックチェーンの特長をビジネスにも活かすことができないかと試行錯誤する中で、ビジネスに必要な要件に特化したブロックチェーン基盤が誕生しました。

例えばブロックチェーンの「改ざんがきわめて難しい」「複数の参加者で合意をとりながら記録する」「特定の管理者がいない」などは望ましい特長です。しかしビットコインのような、マイニングコストを払って実現するセキュリティや誰でもブロックの情報にアクセスできる点などは企業が使うには少し難しい部分もありました。現在業種や取り扱う内容によってはパブリックブロックチェーンに着目している企業も増えてはいますが、現在の企業によるブロックチェーンの多くはここで紹介するエンタープライズ向けブロックチェーンを活用しています。

エンタープライズ向けのブロックチェーン

エンタープライズ向けのブロックチェーンは、基本的に協業先が誰か分かっている状態でコンソーシアムを作り、許可された参加者だけがブロックチェーン上の活動に参加できます。単一の組織内のみで活用されるプライベート型と複数企業で形成されるコンソーシアム型に分けられます。

またコンソーシアム型やプライベート型であれば、ビットコインのような不特定多数の参加者で合意形成を行うわけではなく、許可制で一定の信用が担保されたノードのみが参加可能です。そのため、「トラストレスさ」が低い変わりに、ビジネスで重要になるファイナリティの確保や速い処理速度を実現しています。さらに、企業活動となると機密の情報も多いため、アクセス制御やユーザー認証など、セキュリティとプライバシーにも特色があります。

HyperledgerFabric

2016年2月にLinux Foundationのもとで発足したオープンソースプロジェクトが「Hyperledgerプロジェクト」です。このプロジェクトに米国のIBMとデジタルアセットホールディングスが開発し寄贈され、この2社に加えBlockstreamの資産を元にスタートしたのがHyperledgerFabric (HLF)です。

その目的は台帳に管理したいアセットをKey-Value方式で記録し、高いトレーサビリティを有したアセットの管理を実現することにあります。構造は以下のようになっています。
HyperledgerFabric イメージ

参照:Fabric CA User’s Guide

事例①:IBM Food Trust

2018年10月より商用化されているプラットフォームであり、ウォルマートが実証実験に参加したことで注目を集めました。金融領域外での先行事例としても注目されており、複雑化していた食のサプライチェーンのもとでも、高い耐改ざん性を担保しつつ証明書の管理やトレースなどが容易となり、結果として高い食の安全性の確保や食品のロスカットが実現しています。

IBMと中華大学の実証実験においては豚肉の問題発生源の特定が26時間から数秒までに短縮したという結果が出ており、これからの一般化においても大きな期待がもたれているプラットフォームの一つです。

IBMブロックチェーン
参照:IBM

事例②:TradeLens

TradeLensは、2018年12月に海運大手のマースクとIBMが貿易の可視化・効率化を目的に取組むプラットフォームです。

海運市場では多くのプレイヤーが参加して売手から買手へ貿易が行われます。しかしこれまでのITプラットフォームは、プレイヤー間の情報伝達が難しいために、情報を参照・転記したり紙を郵送したりなど非常に非効率でした。時には30組織間で200回以上も紙で情報伝達が行われており、輸送日数の3分の1程度が書類処理に費やされるケースもあります。

TradeLens上で各社が共通の貿易情報を共有することで、事務が効率化され貿易スピードの向上はもちろん貨物の追跡なども容易になると期待されています。

TradeLens イメージ
参照:TradeLens

Quorum

上記のHyperledger Fabricが非金融領域での活用が目立つなか、Quorumは米国JPモルガンとエンタープライズ・イーサリアム・アライアンス(EEA)の協業によって開発された金融取引を目的としたイーサリアムベースのブロックチェーン基盤です。

イーサリアムとの互換性を持つため同じ開発ツールを使用可能でありつつ、許可制や「プライベートトランザクション」によってプライバシーやセキュリティを確保しています。
Quorum

事例① : AURA

ルイ・ヴィトンやディオールなどの有名ブランドを傘下に持つLVMHが、マイクロソフトとコンセンシスと提携しブランド品のトレーサビリティプラットフォームの構築を目指しています。2016年の経済協力開発機構(OECD)の発表によると、ブランド品の偽造品や海賊版の輸入は5兆ドルにも及ぶと言われており、その中でも「フットウエア」「服」「皮革製品」などが上位を占めていてLVMHにとっては大きな問題といえます。

事例② : Liink

Liinkは、米JPモルガンが銀行間情報共有プラットフォームとして開発を進めているプロジェクトで78ヵ国425以上の金融機関が参画しています。主な目的は国際的な銀行間決済の摩擦をなくす事にあります。日本からは三菱UFJ銀行やみずほ銀行、三井住友銀行などのメガバンクも参画しています。

これまでの国際送金では取引銀行間にコルレス銀行が中継役として入り、送金相手に問題がないかなどの確認が必要あり、この確認作業に最大2週間ほどの時間がかかっています。さらに、誤送金や詐欺被害があった場合などはさらに時間や調査コストが発生します。

Liink上で参画銀行間ネットワークを活用することで、送金前に送金先アカウントの正否をすぐに確認できるようになり、最大2週間ほどかかっていた確認作業は数秒まで短縮でき、国際送金での詐欺被害や誤送金などのリスクを抑えることが期待されています。

Corda

R3社が金融取引を対象に開発した分散台帳でオープンソースソフトウェア版とエンタープライズ版があり、エンタープライズ版は有料となっています。金融システム向けに開発され、金融機関や証券会社など100社以上がコンソーシアムに参画しています。

金融機関に求められる高いレベルでのプライバシーやセキュリティ、スケーラビリティを確保するためネットワーク上のトランザクションに関与しているエンティティとのみ情報を共有する形となっているのが特徴で、Quorumとの大きな違いです。構造は以下のようになっています。

Cordaイメージ

事例①:Jasper

カナダ銀行によるプロジェクトで「Jasper」はCordaベースの銀行間決済ネットワークです。

異なる分散台帳ベースのネットワーク間でボーダーレスな決済の実現、異なる現地法定通貨同士でのクロスボーダー決済の実現を目指したプロジェクトです。資産の取引においてタイムラグが発生した場合、相手方の破綻などが要因で契約が履行されないリスクも存在しています。

解決策としては下記の2つなど候補としてあがっています。

  • 間に信頼できる仲介業者を挟む
  • 取引成立を保証する技術

CBDC(中央銀行デジタル通貨)の発行に動き始め、デジタル通貨が一般的に普及した際に異なるデジタル通貨間の決済にむけて活用されるプロジェクトです。

事例②:DSM(Digital Sample Manager)

DSMはCordaを活用して製薬業界での臨床試験コストの削減と信頼性の向上を目的とした取り組みです。米国の医療テック企業HSBloxが2019年に発表しました。

臨床試験のサンプルは、関わる製薬会社と医療機関、医薬品開発業務委託機関がそれぞれ管理しています。そのため、トレーサビリティも低くデータのリアルタイム更新が難しい状況にあり、結果として臨床試験コストが膨らんでしまっています。

経済産業省の資料によると創薬に掛かるコストは200億~300億円規模であり、このプロセス間においてデータの連携にバグが発生したり途中で不正が発覚した場合は全てが無に帰します。DSMでは各プロセスの関係者ががCordaでデータを共有することで、問題の発覚場所をすぐにトレースしたり正確かつスピーディーにデータを共有することができます。

まとめ

他にもさまざまな分野にて実証実験が行われ、エンタープライズブロックチェーン自体もバージョンアップし新機能も追加されています。ブロックチェーンに置き換えるメリットはどこにどの程度あるのか、どのような付加価値が得られるのか等の議論も実用化に向けた動きと共に進んでおり、今後どの様に発展していくのか注目すべき領域です。

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