PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係

序言

近時、軟調な暗号通貨価格や次世代ASIC搭載機の登場によるBTCのグローバル・ハッシュレート変動が注目される中、11/15のBCHハードフォークに伴って多額の損失を抱えながらも争う「計算力戦争(Hash War)」が勃発。同時期から相場の急落も生じ、暗号通貨愛好家だけでなく日本経済新聞社のような大手経済紙までもがマイニング業者の苦難を報じ、世間のPoWマイニングに対する関心が高まっています。

本稿ではマイニング業者の収益減が取り沙汰される中、「ハッシュレート」や「ディフィカルティ」がマイニング収益をどのように決めているか、BTCを例にその収益関数を導き出します。今回はASICの電力効率とBTCUSDレート、ディフィカルティの関係まで扱います。 (データは11/29現在)

1 TH/sのハッシュパワーで得られる収益

先ず変数を「ディフィカルティ: \(D\) 、任意のハッシュレート(H/s):\(H\) 、マイニング装置のハッシュレート(TH/s):\(H_{A}\) 、マイニング装置の消費電力(kW):\(E_{A}\) 、電力単価($/kWh): \(p_{e}\) 、BTCUSDレート($): \(r\)」と定義します。1ブロックの採掘に要する平均採掘時間(sec)は

\[ t_{block} = \frac{2^{32} D}{H} \]

と期待され、\(t\propto D/H\) の関係にあります。例えばディフィカルティが\(10^5\)かつハッシュレートが\(10^{12}\) H/s(= 1 TH/s)の場合、期待される平均採掘時間は\(2^{32} * 10^5 / 10^{12} \approx 429.5\)秒と求まります。約7分おきに1ブロックの採掘が期待できる状況ですね。\(H\)をグローバル・ハッシュレートとすれば、この式でネットワーク全体の平均採掘時間が求まり、600秒程度になるはずです。sec単位ではこの先議論しにくくなるため、day単位に変換しておきましょう。

\[t_{bld} = \frac{2^{32} D}{24*3600*H} = \frac{2^{32} D}{86400*H}\]

この \(t_{bld}\) が「1ブロックの採掘に要する期待日数」を与える式です。ただし、これはあくまで現在のディフィカルティに基づくものです。現在の1ブロック報酬(12.5 BTC)と \(t_{bld}\) によって、「1日に期待できるBTC報酬\(E_{btc}\) (BTC/day)」は

\[E_{btc}=\frac{12.5}{t_{bld}}\]

となります。従って、\(H_{A}\)のハッシュパワーをもつマイニング装置「1台」で1 BTCを採掘するのに要する日数は

\[\frac{1}{E_{btc}}=\frac{t_{bld}}{12.5}=\frac{2^{32}D}{(1.08*10^6)*10^{12}H_{A}}\]

です。分母に突如表れた\(10^{12}\)項は\(H_{A}\)がH/sではなくTH/s単位である事に起因するものです。この関係式を用いて、試しに1 TH/sの計算力をもつ装置で1 BTCの採掘に要する平均期待日数を計算してみましょう。

11/29時点でのディフィカルティが\(6.6533*10^{12}\)なので、\(2^{32}*6.6533*10^{12}/(1.08*10^{18})\)を解いて「26459 day/BTC」です。1 TH/sの装置1台で1 BTC採掘するには約72年半かかるということです。もちろんその間にBTCUSDレートやディフィカルティも変わりますし、半減期も迎えるため、実際にはより多くの時間を要するでしょう。

通常はここまで長期間待てないので、いわゆる「マイニング・プール」に装置の「計算力」を貸与し、プールが掘り出したブロック(& Tx fee)報酬を貸与者同士で山分けします。この期間の採掘にかかるドル建て電力コスト\(C_{el}\)

\[C_{el}=24E_{A}p_{e}/E_{btc}\]

となり(ちなみにOPEXやCAPEXのような運営にかかわるコストも電力単価\(p_{e}\)に加味するのが一般的)、\(r > C_{el}\)の関係にあれば利益が発生します。より厳密に収益を考える場合、私はディフィカルティとBTCUSDレートの増減シナリオを複数仮定し、日次期待収益を積分するなどして検討しています。

さて、百聞は一見にしかず、本節に出てきた関係式を実際のディフィカルティに適用して各値を図示してみましょう。図1には2013年以降のディフィカルティ(上段)とBTCUSDレート(下段)を示しています。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図1:2013年以降のディフィカルティとBTCUSD

このディフィカルティを第2式に適用し、1 TH/sの計算力に対するブロックの平均採掘時間\(t_{bld}\)図2に示します。秒単位ではわかりにくいので日単位にします。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図2:2013年以降の平均ブロック採掘日数とディフィカルティ(1 TH/sを仮定)

\(t_{bld} \propto D\)であるため、上段と下段のカーブは同じに見えます。次の図3は第3式の与える日次BTC採掘期待量で、図4はドル建てに換えたものです。今度は\(E_{btc} \propto D^{-1}\)であるためにディフィカルティとは逆方向に動きます。最近グローバル・ハッシュレートが下がり、つれてディフィカルティも下落に転じたため、日次のBTC採掘量は増加に転じました。BTCUSDレートが大きく下げているのでドル建て益は下げたままですが。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図3:2013年以降の日次BTC採掘期待量(1 TH/sを仮定)

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図4:2013年以降のドル建て日次採掘期待量(1 TH/sを仮定)

基本的な考え方はこれだけです。次節では現行機種のスペックを参照しながら、実際の収益を導出してみましょう。

現行機種の収益性

マイニングに明るくなくとも名前くらいは知っている、そんな有名ASIC搭載機といえばBitmain社のAntminer S9(i)でしょう。一口にS9iと言ってもスペックは単一でないのですが、1.32 kWで14 TH/sのハッシュレートが謳われているものをここでは例に取り、電力単価 \(p_{e}\) を$0.10/kWhと仮定します。採掘量について、図4で1 TH/sあたりのドル建て日次採掘期待量を求めたので、まずはこれを14倍します(図5)。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図5:2013年以降のドル建て日次採掘期待量(Antminer S9iの14 TH/sを仮定)

現状、約$2/day相当の計算量ですね。消費電力コストは\(24*1.32*0.10\)で与えられ、約$3.2/dayです。この赤字を解消するためには電力単価を$0.07弱まで下げなければいけません。

さて、このような計算で採掘益が定量出来ますが、BTCUSDレートの変動に対して損益を一目で比較するには不便です。その為よく用いられるのは第1あるいは2式を活用した「1 BTCの採掘コスト」です。ディフィカルティから推定される1BTC採掘所要日数(S9iでは1890日)分の電力コストを基準に、それを下回るBTCUSDレートでは、想定するインフレ率や「未使用BTCの価値」をどう捉えるかにもよりますが、基本的にマイニングの旨味がない事は直感的にも分かります。このいわゆる「損益分岐ライン」を図6に示します。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図6:2017年以降のS9iの1BTC採掘にかかる電力コスト

赤線と緑線はそれぞれ電力コスト$0.10と$0.06において、S9iが1 BTCを採掘するのに要する電力コストです。現状、図5で先述したようにS9iでは$0.06で黒字化出来ます。有力マイナーは$0.03/kWh前後の電力コストで運用していると言われており(中東では$0.01を切っているとの話も)、その場合の電力コストは約$1800まで下がります。これなら現レートでも余裕の黒字ですね。

次に、収益関数に「ASICの電力効率\(f_{A}\)」を取り入れてみましょう。\(f_{A}\)は一定の計算力に要する電力\(E_{A}/H_{A}\) (kJ/TH)と定義します(Ws(ワット秒)はJ(ジュール)と等価)。1 BTCのドル建て価格\(r\)と採掘コスト\(C_{el}\)の差分が収益であるので、

\[ r-C_{el}=r-f_{A}\cdot\frac{24*2^{32}Dp_{e}}{1.08*10^{18}}\]

が収益を与える関数です。従って、現在のBTCUSDレートが損益分岐点となるASICの電力効率\(f_{A0}\)

\[f_{A0}=\frac{r}{Dp_{e}}\cdot\frac{1.08*10^{18}}{24*2^{32}}\]

で与えられ、\(f_{A0}\)を各電力単価に応じてプロットしたものが図7です。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図7:2017年以降のASIC損益分岐電力効率

利用しているASICの電力効率が図7に描かれた損益分岐効率より「下側(高効率)」にあれば利益が、「上側(低効率)」にあれば損失が生じます。昨年末頃はBTCUSDレートのすさまじい上昇の影響で、損益分岐効率は電力単価$0.10でも一時1 kJ/THを超えました。巷で利用されているASICの大半は500 J/THもかからないため、どのような装置でもガバガバ儲かっていました。図8で近時の様子を見てみましょう。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図8:2018年4月以降のASIC損益分岐電力効率

引き続きコスト$0.10のケースを例に取ると、8月以降はレートとディフィカルティが硬直していた影響で損益分岐効率も約100J/THで固定されていました。この効率に近いのはAntminer S9(13 TH/s, 1.3 kW)やAvalonMiner A851(14.5 TH/s, 1.4 kW)などです。

\(f_{A0} \propto p^{-1}_{e}\)の関係を、11/29時点のBTCUSDレートとディフィカルティに基づいて図9に示します。利用装置の効率と電力単価が青で塗りつぶされた領域にあれば黒字、白色領域であれば赤字になります。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図9:ASIC損益分岐電力効率と電力コストの関係(11/29時点のパラメータに基づく)

幾つか代表的な装置の電力効率を赤線で示しました。この赤線と黒線の交わる「x座標」が、当該装置で黒字化できる限界電力単価です。例えばAntminer S9の場合は$0.06強が限界で、Antminer V9の場合は$0.02強、Whatsminer M3の場合は$0.04弱まで下がります。実際には電力以外のコストも乗ってくるため、この辺の装置を黒字化させられるマイナーは少ないと思われます。

最後、図10には \(f_{A0} \propto r/D\) の関係を示します。BTCUSDレートとディフィカルティから黒字化可能な限界効率を一目で確認できる図面として、個人的には重宝しています。青線は11/29時点の\(r/D\)を示しており、各電力コストに応じた黒線との交点が限界効率を与えます。この青線の「断面」が図9です。

PoWマイニングの収益関数とディフィカルティの関係図10:ASIC損益分岐電力効率とBTCUSDレート対ディフィカルティ比\(r/D\)の関係

M3やV9は今や一大マイニング拠点として名高い中国内でも採算が取れず、最近は電力の安い中東地域などに送られているとの話が大手プール創業者からありました。詳しい実態は分からないものの、有力マイナーであれば電力含む総コストは約$0.07以下と言われており、その水準では比較的新しいGMO B3やWhatsminer M10などであれば黒字化は可能ですね。(装置取得費用をどうするかはさておき)

結言

現実のコスト構造は装置本体の償却などがある為より複雑ですが、ディフィカルティ、ハッシュレート、BTCUSDレートからなる基本的な計算モデルは本稿で示した通りです。巷で関心の高いグローバルな損益分岐点については、世界中のマイナーがどの装置をどの程度のコストで運用しているか加重平均で見積もらなければならず、推定は困難です。

11月中旬に生じた暗号資産市場の暴落によって、旧機種の多くが赤字運用を余儀なくされ、多くのマイナーに衝撃を与えました。これを機に新機種への乗り換えが促されるかもしれませんが、当面は安価に装置を調達できる製造元もしくは製造元に近い有力マイナーしかその恩恵にあずかれないかも知れません。

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